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少し、意味がちがうんだ。

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発掘

返信不要でメッセージくださった方、受け取っています。ありがとうございました!


さて、久々に浮上しました。生きてますよ。
サイトには未掲載の古いファイルを発掘しまして、なんとなく載せてみようかなという気になったので、よろしければつづきからどうぞです。
ありがちなネタです。モブ視点のセブンスヘブンのある日のヒトコマ。甘くはないです。




常連のたしなみ


 


知らない、ということは不運なことだ。
今夜俺は、しみじみそう思った。

「ねーちゃんいい女だなあ。店終わったらさ、ちょっと俺に付き合ってよ」

毎度お馴染み、とまでは言わないが、この店の常連ならば一度ぐらいは目にした事のある光景だ。
酒を出す店ということに加えて、下品な笑みを満面にたたえた酔っぱらいに馴れ馴れしく「ねーちゃん」と呼ばれたこの店のオーナーが魅力的な女性なものだから、ある意味避けられない現象ではある。
だがここはもちろんアフターやら同伴やらのある店ではない。
2年前、大きな災害で心や身体に傷を負った人々に憩いの空間と時間を提供する――そういう目的でこのセブンスヘブンは作られたと聞く。
酒を飲み、いつもよりハイになって陽気に騒ぐのは大いに結構。しかしそれも節度を守ってこそ、だ。
酒に呑まれて人に絡んだり、店主や他の女性客にセクハラまがいの言動を取る客がいれば、遠慮なくお引取り頂く。それはどこの店だって共通のスタンスだろう。
ただし、ここセブンスヘブンに於いては、特にお行儀に気をつけるべきだと常連である俺は知っている。

「なぁ、ねーちゃん無視すんなって~」

窓際の席の一人客はすっかり出来上がっているようだ。
店主のティファは、飽くまでも無言の口元にかすかな微笑だけを浮かべて、困ったように肩をすくめてみせる。その可愛らしい仕草からは、彼女が実は格闘術に長け、たとえ訓練を受けた軍人が束になっても敵わない実力の持ち主だなんて微塵もうかがい知る事はできない。今までどんなトラブルもその腕っ節と肝っ玉で難なく乗り切ってきたという彼女の武勇伝は、多少の脚色はあれどこの店の常連客、それもほんのひと握りの客だけが知り得る彼女の実像であって、ぶらりとやってきた一見の客に過ぎないあの酔っぱらいが知るはずもない。

だがしかし――俺は、カウンターの所定の席に座る金髪の男にちらりと視線を走らせた。

どちらかと言えば、今注目すべきなのはこいつ、クラウドの方だった。
この家で彼女と共に暮らしているこの男については、まるで伝説のような噂がまことしやかに囁かれていた。元は神羅の凄腕ソルジャーだったとか。あのジェノバ戦役の英雄達のリーダーだったとか。数ヶ月前エッジを襲ったでかいモンスターを剣一本でやっつけたとか――どれもにわかには信じがたい。確かに彼の体躯は鍛え上げられた戦士のようなそれだったが、話してみればごく普通の青年という印象だ。無愛想で口数も少ないのだが、この家の子供達にはたいそう慕われている。男にしてはお綺麗な顔立ちやクールな立ち振る舞いにポーッとなっている女性客なども時々見る。いや、女にモテるモテないはこの場合関係ないんだが。
……とにかくだ。俺は改めてクラウドの背中を注視する。
彼の発するオーラがその背中越しに不穏な揺らめきを見せ始めている……ような気がする。
ごく普通の平凡な人間である俺の目にオーラが映っているわけでもなければ、ホール側に背を向けているやつの表情などうかがい知ることも出来ないが、それでも何となく感じるのだ。店内の室温を一気に下げるような恐ろしげな「気」が彼から放出されているのを。もしやこれが「殺気」というものなのか……ゾクッと身震いが起こる。

「じゃあさ~せめて酌でもしてくれよぉ~」 

しつこい上に無礼極まりない要求をしだす男に、ティファの愛らしい微笑も徐々に引き攣ってきた。
ああ、可哀想に。聞いている側も実に不快だった。いっそのこと、静かに殺気を放ち続けるそこのクラウドにやられちまえばいいのに。酔っぱらいの男はかなり大柄で、まだセブンスヘブンが出来たばかりの頃ティファ達とここに住んでいたバレットという男の風貌を彷彿とさせる。だがクラウドに纏わる伝説じみた噂のうち何%かでも事実なら、こんな酔っぱらいを店からつまみ出すことはおろか、すり潰すかねじり切るぐらい造作もないだろう。
ふと周囲を見れば、他の常連達も緊張の面持ちでちらちらとカウンターのクラウドに目をやっている。考えていることは皆同じのようだ。この空気に気付いていないのは問題の男だけである。「知らない」のは不運だが「鈍感」は身を滅ぼす。ある意味気の毒な奴だ。

「そういうことはしてませんから」

その男が喋り出すまで和やかだった店の雰囲気を、これ以上侵害されてはたまらないと思ったのだろう。それまで無言の笑みで受け流していたティファが男に対して初めてキッパリと拒絶の言葉を返した。 そうだそうだ!ティファの手酌で飲もうなんて10年早いぞこの新参者が!と、俺は心の中で叫んだ。
しかしこの酔っぱらい、うんざりするほどしつこかった。


「じゃあちょっと隣に座ってさ~、一杯だけ付き合ってよ。俺の奢りだから~」
「遠慮します」
「なんだよぉ~お堅いなぁ~」


すっかり辟易してカウンターの奥の方――つまりクラウドの近くへと避難したティファを、男は恨めしそうな視線でもって追いかける。そして酒のせいで掠れた耳障りな声を張り上げた。

「あ~あ!つまんねー店だなあ!帰るわ!ねーちゃんお勘定!あと酔い覚ましに水一杯くれよ!」  


ようやく諦めたか。客達の緊張と苛立ちで張り詰めていた店の空気がフッと緩んだ。
蛇口を捻ってグラスに水を注ぐティファも、向かいに座るクラウドに安堵の笑みをちらりと向ける。
肩をすくめるお馴染みの仕草を返したクラウドもおそらく彼女と同じ表情を浮かべているのだろう。背中ごしの不穏なオーラがいくらか和らいだように感じた。

だが、これで一件落着、とはならなかった。


「はい、お水です。お勘定は…」


ティファが男のテーブルにグラスを置いた時だった。
男は、酔っ払いとは思えぬ素早い動きで、目前に置かれたグラスではなくティファの細い手首をがっちりと掴んだのだ。

「へへ、俺さ、こう見えても金は持ってんだぜ?お小遣いだってあげるからさぁ、今夜どうだ?」

いくらか潜めがちに囁いたつもりだろうが、男の声は控えめなBGMをしのぐ音量だった。
しかもなんという恥知らずなセリフだろう。駄目だこいつ。もう締め上げちまえ!多分店にいる客全員の意見が声もなく集結してカウンターに向けられた。ゆらり、と立ち上がった、その男の背中に。

って、振り返ったクラウドの顔が怖え!
綺麗な顔してんのに超怖え!!
もともと無愛想だがそれに輪をかけたような無表情。感情を全て削ぎ落としたような冷たさ。
なによりその眼だ。クラウドの瞳の色はちょっと特殊だ。普通のブルーより青みが鮮やかなのは魔晄のせいで、ソルジャーの特徴らしい。それが今は光っているように見える。それこそ獲物に狙いを定めて今にも飛びかかろうとしている猛獣のように。
睨まれてもいない俺が蛇に睨まれたカエルよろしく竦みあがっている間に、クラウドはティファと酔っぱらいの間に割って入った。そしてティファから男の手を引き剥がし、その手首をくいっと捻る。

「いててっ!てめぇ、何すんだ!」
「あんたこそ何してる」

クラウドは掴んだ男の左手をひょいと軽く引き上げた。力を入れているように見えないのに、まるで操り人形のように男の腰が椅子から跳ね上がった。
立ち上がった男はクラウドよりも身長が頭一つ分ぐらい高い。赤らんだ顔を怒りと痛みで更に赤く染めてクラウドを睨め下ろす。そして反撃しようと空いている右手をクラウドの肩に伸ばしたが、クラウドが更に腕を捻ると上半身ごとねじれてそれは虚しく宙を掻いた。
内心舌を巻いた。自分より大きな、しかもガタイが良くて力の強そうな男の動きをクラウドは右腕一本で封じている。すげえ。

「クラウド、あまり乱暴なことしないで」

一歩後ずさったティファが心配そうに声を掛ける。クラウドは分かってる、と答えると、ぐぅ、と悔しそうに唸る男に冷ややかに言い放った。

「あんたは今後出入り禁止だ。わかったな」
「……んだとぉ?ふざけんな!俺は客だぞ!てめえに指図される覚えは……」
「つまらない店、なんだろ?」

クラウドは薄く笑い、スッと身体を引いたと思うと瞬時に男の背後に回り込んだ。
いつの間にか男の右腕も拘束し、両腕を背中で捻り上げる。男は一層情けない悲鳴をあげた。

「ひいっ、よ、よせっ、折れちまうッ!分かった帰る、もう来ねえよ!」

男はそのままの姿勢でなすすべもなく店の扉の前まで歩かされる。ドアに一番近い席に座っていた俺は、ハッと立ち上がって扉を開けてやった。冷たい夜風が吹き込んでくる。
ドアの外に放り出された男は、よろけながら振り返ってこちらを睨んだ。


「ち、ちくしょう!覚えとけよ!」
「あんたもな」


負け犬の見本のような酔っぱらいの捨て台詞に、客達の間から失笑が漏れた。 
俺はクラウドの返した「あんたもな」という言葉に激しく同意した。
酔いが冷めても、あの男が今夜のことを覚えているといいが。
ああいう奴にこそ知っていてもらわないと困る。セブンスヘブンではお行儀に十分気をつけるべきだと。ここにはおっかない用心棒がいるってことを、せっかく身を持って学んだんだからな。


「お騒がせして、ごめんなさい」


 ドアを閉めたティファは、店内にいる客たちに向かって申訳なさそうに頭を下げた。もちろん客たちは皆手や首を横に振ってねぎらいの言葉を掛けた。
ティファはホッと安堵したように微笑んで、その笑みをクラウドにも向ける。
彼女の腰に手を添えて労わるような眼差しで淡い笑みを返すクラウドは、どこにでもいる普通の青年の顔に戻っていた。


 



けど、俺は、俺だけは、聞いてしまった。
店のドアを開けた時、クラウドが男に小声で囁いたのを。

「今度ティファに触れたら……腕の骨を粉々にしてやる」

男の顔から血の気がさっと引いたのが分かった。
本当にやられる。酔っ払っていてもそれだけは悟ったらしい。


俺は今まで通り、節度を持ってこの店に通おうと思う。
それがセブンスヘブンの常連のたしなみってやつだ。


 


 


 


 おわり




セブンスヘブンでは、常連のたしなみってものがあるらしい。タークス小説でエヴァンが言ってたこの「常連のたしなみ」って言葉が面白かったので、ちょっと拝借&妄想。ちなみにこのお話の語り手の「俺」さんはエヴァンではありません。

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